上場企業で取組むTCFDの枠組みに沿った情報開示と効率化のポイント

■記事の要約

 気候変動が企業経営に与える影響が増す中、TCFDの枠組みに基づく情報開示が重要視されています。これを進めるにあたり、上場企業はデータ収集やリスク評価の難しさ、社内連携の課題を抱えるが、デジタルツール活用や専門家支援により効率化が可能です。透明性の高い情報開示が企業価値向上につながります。

 温暖化の進行や異常気象の頻発により、企業の事業活動やサプライチェーンが大きな影響を受けるケースが増えています。そのため、投資家や規制当局は企業に対し、気候変動リスクに関する情報開示を求める動きを強めています。

 こうした状況の中で、企業が自社の気候変動リスクと機会を適切に開示するための枠組みとして広く採用されているのが、TCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures、気候関連財務情報開示タスクフォース)の枠組みに沿った情報開示です。TCFDの枠組みに沿った情報開示は、企業の持続可能性を示すだけでなく、投資家との対話やリスク管理の観点からも重要性を増しています。しかし、多くの企業にとっては情報収集や分析、開示プロセスに課題があり、効率的な取り組みが求められています。本記事では、TCFDの概要を説明し、上場企業が直面する業務課題を整理した上で、具体的な解決手段や事例を紹介し、効率的なTCFD対応のポイントを探ります。

TCFDの概要

 TCFDは、金融安定理事会(FSB)によって2015年に設立され、2017年に最終報告書を公表しました。この報告書では、企業が気候関連の財務情報を開示するための推奨事項が示されており、投資家やステークホルダーが適切にリスク評価を行うための基準を提供しています。

TCFDの4つの柱

 TCFDの報告書では、企業が気候関連情報を開示する際に重視すべき4つの柱が定められています。

ガバナンス:気候関連のリスクと機会に対する組織のガバナンス体制を明確にすることが求められます。具体的には、取締役会の監督体制や経営陣の役割についての開示が重要とされています。

戦略:気候変動が事業戦略に与える影響を評価し、適応策を検討することが求められます。短期・中期・長期の視点でリスクと機会を捉えることが重要です。

リスク管理:企業が気候リスクをどのように特定し、評価・管理しているのかを開示する必要があります。これにより、リスクマネジメントの透明性が高まり、投資家が適切な意思決定を行うことができます。

指標と目標:気候関連リスクと機会を管理するための具体的な指標と目標の設定・開示が求められます。たとえば、温室効果ガス(GHG)排出量の削減目標やエネルギー消費量の管理指標などが含まれます。

TCFDの重要性

 TCFDの枠組みに基づいた情報開示を行うことで、企業は自社の気候変動リスクを的確に把握し、ステークホルダーに対して透明性のある情報を提供できます。これにより、投資家からの評価向上や企業価値の向上につながる可能性があります。

 また、政府や規制当局による環境規制の強化が進む中、企業が適切な気候リスク管理を実施することは、事業の持続可能性を確保する上でも欠かせません。

 気候変動の影響がますます大きくなる中、企業はTCFDの枠組みに沿った適切な情報開示を行うことが求められています。ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標の4つの柱を意識しながら、透明性の高い情報を発信することが、企業の信頼性向上や持続可能な成長につながるでしょう。

 実際にTCFDの枠組みに沿った開示を進めるにあたり、企業はさまざまな課題に直面しています。

TCFD情報開示の主な課題

上場企業がTCFDに基づく情報開示を進める際、以下のような業務課題が生じることが多いです。

情報収集の負担 

 TCFD開示には、温室効果ガス排出量、エネルギー消費量、気候リスクの影響など、多岐にわたるデータが必要です。これらのデータは企業内のさまざまな部門に散在しており、一元的に収集するのが困難です。また、データ形式や管理方法が統一されていないことが多く、手作業による整理が必要になるケースもあります。このため、情報収集のプロセスが煩雑になり、膨大な時間と労力を要します。

気候リスクの定量化の難しさ 

 TCFDは、企業が気候リスクと機会を定量的に評価し、財務インパクトを示すことを求めています。しかし、気候変動の影響を予測し、それを財務指標として表現することは容易ではありません。特に、シナリオ分析を実施するには、高度な専門知識とツールが必要であり、多くの企業にとってハードルが高いものとなっています。さらに、予測精度の向上には継続的なデータ更新が不可欠ですが、そのためのリソース確保が課題となります。

開示基準の理解と適用の困難さ 

 TCFDのガイドラインは国際的な基準であり、企業ごとに異なる業種や事業特性に適用するのが難しい場合があります。特に、気候関連のリスクや機会の特定において、どの情報をどの程度の詳細さで開示すべきかの判断が求められます。さらに、他のサステナビリティ報告基準(CDP、GRI、ISSBなど)との整合性も考慮しなければならず、企業の開示負担が増大します。

社内の協力体制の構築の難しさ 

 TCFD情報開示は、環境部門だけでなく、財務部門、リスク管理部門、IR(投資家向け広報)部門など、複数の部門が連携して取り組む必要があります。しかし、各部門の関心や優先事項が異なるため、スムーズな連携を図ることが難しいケースが多く見られます。また、経営層の理解や支援が不足している場合、社内全体での取り組みが進みにくくなることも課題の一つです。

継続的な対応の必要性 

 TCFD情報開示は一度行えば完了するものではなく、定期的な更新と継続的な対応が求められます。特に、気候変動に関する規制や市場の期待は常に変化しており、これに対応するためのリソースやノウハウを維持することが企業にとっての負担となります。また、ESG(環境・社会・ガバナンス)投資家の関心も高まっており、競争力を維持するためには、透明性の高い情報開示を継続的に行う必要があります。

 TCFDに基づく情報開示は、企業の透明性を高め、投資家やステークホルダーからの信頼を獲得する上で不可欠な取り組みです。しかし、多くの企業は情報収集の負担、気候リスクの定量化、開示基準の理解と適用、社内の協力体制の構築、継続的な対応といった課題に直面しています。

 今後、気候変動リスクへの対応が企業の競争力を左右する要因となる中、これらの課題をどのように克服するかが、持続可能な経営を実現するための重要な鍵となるでしょう。

課題解決のための対策

 上記の課題に対応するためには、以下のような具体的な対策が有効です。

デジタルツールの活用 

 データ収集や管理を効率化するために、クラウドベースの管理システムやAI技術を活用し、自動化を進めることが有効です。これにより、人的リソースの負担を軽減し、正確なデータ管理が可能になります。

専門知識の強化 

 社内の人材育成を進めるとともに、外部のコンサルタントやアドバイザーの支援を活用することで、適切な情報開示を実現できます。特に気候リスクの定量化には専門的なスキルが必要であり、外部の専門家の知見を取り入れることが効果的です。

部門間の連携強化 

 環境・財務・IR部門などが定期的に会議を設け、協力体制を強化することが重要です。統一されたガイドラインのもとで業務を進めることで、データの整合性を保ち、より信頼性の高い情報開示が可能になります。

継続的なモニタリング 

 規制や市場の動向を常に把握し、柔軟に対応できる体制を整えることで、企業の持続的な成長につなげることができます。また、開示内容の定期的な見直しを行い、改善を重ねることが重要です。

ベストプラクティスの導入 

 既にTCFD開示を進めている他社の事例を参考にし、自社に適した方法を導入することも有効です。特に業界ごとのベストプラクティスを取り入れることで、効果的な情報開示が可能となります。

 TCFDに基づく情報開示は、企業の透明性を高め、投資家との関係を強化する重要な取り組みです。しかし、多くの企業は情報収集やリスク評価、開示基準の適用といった課題に直面しています。これらの課題を克服するためには、データ管理の効率化、専門知識の活用、社内の連携強化が不可欠です。継続的な取り組みを行うことで、企業の持続可能な成長につなげていくことが求められます。

 日本の上場企業も積極的にTCFD提言に沿った情報開示を進めています。以下に、具体的な企業の事例を紹介します。

三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)

 MUFGは「MUFG Report 2022」において、TCFD提言に基づき、移行リスクと物理的リスクが与信ポートフォリオに及ぼす影響を分析するため、複数のシナリオ分析を実施しました。この結果を対象期間を含めて定量的に開示し、気候変動が事業に与える影響を具体的に示しています。

東京電力グループ

 東京電力グループは「TEPCO統合報告書2022」において、2050年カーボンニュートラルに加え、中間目標として2030年カーボンハーフに向けた具体的施策を投資額と利益創出効果と併せて開示しています。これにより、移行計画の実効性をステークホルダーに伝えています。

伊藤忠商事

 伊藤忠商事は、気候変動リスクを主要なリスクの一つとしてグループリスク管理の対象とし、事業投資プロセスで投資判断を行う際の検討項目に気候変動リスクを含めています。また、サステナビリティ委員会や関連部署と共同でリスク評価・管理を行い、取締役会への定期報告を実施しています。

日立製作所

 日立製作所は「統合報告書2022」において、2022年4月に経営会議内に「リスクマネジメント会議」を新設し、リスク区分ごとに6つのワーキンググループを設置しました。これにより、関連するグループコーポレート機能が横断的に連携し、気候変動対応を含むリスク低減に取り組んでいます。

トヨタ自動車

 トヨタ自動車は「サステナビリティデータブック2022」において、CO2排出量のScope1(直接排出)、Scope2(エネルギー起源間接排出)、Scope3(その他間接排出)を地域別、GHG別、カテゴリ別に分けて、原単位や時系列的なデータとともに開示しています。さらに、短期目標として第7次トヨタ環境取組プラン(2025年目標)の具体的内容も公表しています。

明治ホールディングス

 明治ホールディングスは「2050年カーボンニュートラル社会に向けて」において、Scope1およびScope2のCO2排出量を2019年度比で2030年度までに50%削減、2050年度には実質ゼロを目指す目標を掲げています。また、Scope3のCO2排出量についても、2019年度比で2030年度までに30%削減、2050年度には実質ゼロを目指すとしています。

 これらの事例から、日本の上場企業がTCFD提言に基づく情報開示を積極的に進め、気候変動リスクと機会に対する具体的な対策や目標を明示していることがわかります。各企業は自社の事業特性に応じた取り組みを行い、ステークホルダーへの透明性の高い情報提供を実現しています。

 気候変動の影響がますます顕著になる中、上場企業にとってTCFDに基づく情報開示は、リスク管理と投資家との信頼関係構築において不可欠です。ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標の4つの柱を軸に、気候関連リスクと機会を明確に伝えることが、持続可能な経営の基盤を築く鍵となります。

 本記事で紹介した情報や事例を参考にしながら、デジタルツールの活用や専門家の支援を取り入れ、社内の協力体制を強化することで、効率的かつ戦略的な情報開示を実現してみませんか?TCFDの枠組みに沿った透明性の高い情報提供は、企業価値の向上と持続可能な成長を支える重要なステップです。今後、気候変動に関する規制が一層厳格化することが予想される中、早期の取り組みが競争優位性を確立するカギとなります。

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