ブルーカーボンで脱炭素実現へ:日本が世界初の海洋生態系CO2吸収算定に成功

■AIによる記事の要約
日本は2024年、海草・海藻藻場によるCO₂吸収量を世界で初めて温室効果ガスインベントリに公式算定し、2022年度は約35万トンを計上しました。ブルーカーボンは脱炭素に加え、生物多様性保全や地域活性化にも資する統合的戦略です。藻場は長期的な炭素貯留や漁場再生など多面的な価値を持つ一方、面積は減少傾向にあります。今後は干潟や沖合域への拡大、より精緻な算定手法の確立が課題です。
目次
- 1 イントロダクション:海が担う脱炭素戦略
- 2 日本の脱炭素目標とブルーカーボンの位置づけ
- 3 世界初の海洋生態系CO2吸収算定:日本の国際的意義
- 4 ブルーカーボン生態系の多面的価値:脱炭素とネイチャーポジティブの統合
- 5 複雑な炭素貯留プロセス:科学的な算定方法論
- 6 16種類の藻場タイプと全国分布:多様な海洋資源
- 7 省庁連携体制:科学的根拠に基づく推進
- 8 三地域での重点調査:地域実装への第一歩
- 9 「令和の里海づくり」モデル事業:全国19地域での統合的推進
- 10 Jブルークレジットの実績:経済的価値の可視化
- 11 国際パートナーシップとグローバル展開
- 12 今後の課題と展望:干潟・塩性湿地から沖合ブルーカーボンへ
- 13 結論:海洋生態系が支える持続可能な社会へ
イントロダクション:海が担う脱炭素戦略
日本が2050年までのネットゼロ達成を目指す中、陸上の森林だけでなく「海」が温室効果ガス削減の鍵を握ることが注目されています。海草藻場、海藻藻場、干潟、塩性湿地、マングローブ林などの海洋生態系が、CO2を吸収・固定する仕組みを「ブルーカーボン」と呼びます。
2024年に国連へ提出した温室効果ガスインベントリで、日本は世界で初めてこの海洋生態系による吸収量を公式算定・報告しました。2022年度の海草・海藻藻場による吸収量は約35万トンCO2。この歴史的な成果は、単なる脱炭素だけでなく、生物多様性保全(ネイチャーポジティブ)と資源循環(サーキュラーエコノミー)の同時実現を可能にするものです。
日本の脱炭素目標とブルーカーボンの位置づけ
日本の温室効果ガス削減は野心的な目標を掲げています。2013年度比で2030年度は46%削減(7.6億トン)、2035年度は60%削減(5.7億トン)、2040年度は73%削減(3.8億トン)、そして2050年はネットゼロ(排出・吸収量ゼロ)を目指しています。
この高い削減目標を実現するには、エネルギー転換(再生可能エネルギーや原子力の活用)、産業転換(カーボンプライシング、循環経済への移行)、地域脱炭素の加速に加え、森林やブルーカーボンなど吸収源対策の強化が不可欠です。特にブルーカーボンは、脱炭素化が困難な分野での吸収源確保と地方創生を同時に実現できる戦略的な取組として位置づけられています。
世界初の海洋生態系CO2吸収算定:日本の国際的意義
従来、温室効果ガスインベントリにおける吸収源は陸上の森林を中心に算定されてきました。しかし日本は、国内の豊かな海洋生態系資源を活かし、海草藻場と海藻藻場による炭素貯留量を2024年提出のインベントリに新たに組み込みました。
2022年度の実績値は約35万トンCO2。アマモなどの海草や、コンブ・ワカメなどの海藻が、光合成によってCO2を吸収し、その炭素を長期にわたって貯留していることを、科学的手法により初めて定量化しました。
この先駆的な取組は、IPCCガイドラインの改定や国際ルール形成に大きな影響を与えることが期待されています。今後、干潟・塩性湿地、さらに沖合ブルーカーボンについても、同様の算定手法確立を主導する方針です。
ブルーカーボン生態系の多面的価値:脱炭素とネイチャーポジティブの統合
ブルーカーボン施策が重要視される理由は、CO2吸収だけにとどまりません。海洋生態系の保全・再生は、複数の価値を同時にもたらします。
CO2吸収・固定による脱炭素:海草・海藻が光合成によって大気中のCO2を吸収し、堆積、深海輸送、難分解性物質への変換などを通じて100年以上の長期にわたり炭素を貯留します。
漁場再生・水質改善:藻場は稚魚の成育場所となり、また窒素やリンの吸収により水質浄化を促進。沿岸の生物多様性向上に貢献します。
高付加価値利用:海草・海藻はバイオ燃料、食品、化粧品原料、牛の飼料添加剤(メタン削減)、貴金属回収など、多様な産業利用が可能です。
環境教育・観光資源化:藻場再生活動を通じた子どもたちへの環境学習や、海洋観光の拠点化により、地域経済を活性化させます。
これらの価値は「Jブルークレジット」制度により定量化・可視化され、企業の脱炭素投資や地域経営活性化に活用されています。
複雑な炭素貯留プロセス:科学的な算定方法論
ブルーカーボン吸収量の算定は、複数の物理・化学プロセスを考慮した高度な方法論に基づいています。
堆積貯留:枯れた海草・海藻が藻場内の海底に沈降し、長期間埋没されるプロセス。酸素が少ない環境で分解が遅く、炭素が安定して貯留されます。
難分解貯留:海草・海藻の細分化された破片が流出し、沿岸域で長期にわたり難分解性の粒子として堆積。通常の有機物よりも腐りにくい特性を持ちます。
深海貯留:波浪で流された海草・海藻が流れ藻となり、沖合へ流出。浮力を失い深海に沈降し、極低温・低酸素環境で長期貯留されます。このプロセスは、全球規模の炭素循環に大きな影響を与えます。
RDOC貯留:海草・海藻が放出する難分解性溶存態有機炭素(Refractory Dissolved Organic Carbon)が、海水中に数千年単位で溶存・貯留されるプロセス。
日本の算定方法では、これら4つのプロセスを合算し、100年以上の貯留期間を持つものを炭素貯留として定義しています。国内の最新研究成果に基づき、藻場タイプ別・海区別に詳細な吸収係数を設定。Tier 3と呼ばれる最高レベルの計算手法を採用しており、世界的にも先進的です。
16種類の藻場タイプと全国分布:多様な海洋資源
日本沿岸には、実に多様なブルーカーボン資源が存在します。
海草藻場(6タイプ):アマモ型、タチアマモ型、スガモ型、そして亜熱帯の小型・中型・大型タイプ。アマモ場は浅い沿岸域に分布し、特に重要な生態系です。
海藻藻場(10タイプ):コンブ類(マコンブ型、ナガコンブ型)、アラメ・カジメ類(アラメ型、カジメ型、ワカメ型)、ガラモ類(温帯性・亜熱帯性ホンダワラ型)、小型藻類(緑藻、紅藻、褐藻型)。北海道から沖縄まで、全国の沿岸域に分布します。
2023年時点での全国藻場面積は約149万ヘクタール。最大は温帯性ホンダワラで約33万ヘクタール、次いで小型褐藻(約21万ヘクタール)、アマモ(約28万ヘクタール)となっています。
海区別では、北海道が約50万ヘクタールで圧倒的に大きく、次いで日本海北部(約23万ヘクタール)、九州東シナ海域(約10万ヘクタール)です。
しかし長期的な減少傾向も顕著です。1990年の328万ヘクタールから2023年の149万ヘクタールへと、実に55%の面積が失われています。特に北太平洋のアラメ・カジメなどの大型海藻が急減しており、磯焼けなどの海洋環境変化の深刻さを物語っています。
省庁連携体制:科学的根拠に基づく推進
ブルーカーボン施策の実装には、複数の省庁による協力体制が不可欠です。
環境省は脱炭素社会移行推進室を中核に、「温室効果ガス排出量算定方法検討会」において国連報告用インベントリの算定方法をオーソライズ。農林水産省・水産庁は、実際の吸収係数開発や藻場面積推計モデルの構築を実施。国土交通省港湾局は、港湾整備とブルーカーボンの関係性検討を担当。経済産業省は産業利用や技術開発を支援します。
農林水産技術会議では、令和2~6年度の5か年プロジェクト「ブルーカーボンの評価手法及び効率的藻場形成・拡大技術の開発」を実施。2023年11月には「海草・海藻藻場のCO2貯留量算定ガイドブック」を公開し、技術的な知見を広く共有しています。
また、ブルーカーボン関係省庁連絡会議では、吸収量の推計・計上、取組促進、認知向上について一体的に推進。2023年1月から2024年6月までに4回開催され、民間企業の取組視察も実施するなど、官民連携を強化しています。
三地域での重点調査:地域実装への第一歩
ブルーカーボン戦略を全国に展開する前に、2024年度は3つの地域で重点的な調査事業を実施しています。
青森県風間浦村:本州最北端の津軽海峡に面する地域です。藻場の回復方法の検討に加え、付加価値向上(エコラベル取得、Jブルークレジット活用)と持続的な保全管理体制の構築を目指しています。ワカメ等の有効利用と販路拡大も検討中。地元関係者とのヒアリングにより、藻場管理方法の合意形成を進めています。
静岡県熱海市:相模灘に面する海岸で、カジメ藻場の創出とバイオ燃料化の実証に取り組んでいます。増殖対象のカジメをサンプリングし、燃料化の実現可能性を評価。同時に海域・水質調査と食害実態調査により、藻場増殖に必要なデータを収集しています。
福岡県宗像市:玄界灘に面する地域で、ひじき・もずくの試験増殖と衛星画像解析による広域推計に着手。水中ドローンを活用した海底調査も実施。食品利用を見据えた実用化検討が進行中です。
これら三地域での成果は、今後の全国展開の重要なモデルケースとなります。
「令和の里海づくり」モデル事業:全国19地域での統合的推進
2024年度、環境省は「令和の里海づくり」モデル事業として、北海道から鹿児島県まで全国19地域を選定しました。
事業の目的:「藻場・干潟等の保全・再生・創出」と「地域資源の利活用」の好循環を生み出すこと。単なるCO2吸収源確保にとどまらず、地方創生と脱炭素の両立、そして生物多様性保全(ネイチャーポジティブ)と資源循環(サーキュラーエコノミー)の統合的推進を目指しています。
事業事例:
防府市の「藻場造成による豊かな里海づくり」では、独自開発の「アイゴホイホイ」カゴ網を使用。磯焼けの原因となる藻食性魚類アイゴを捕獲し、その利用モデルも開発することで、海域環境改善と地域経営の両立を実現。
おおつき里海づくり協議会(高知県)の「森川里海プロジェクト」では、テングサ藻場造成とアオリイカのオーナー制度(資金調達)を組み合わせ、海洋教育と持続可能な経営を実践。
新庄漁業協同組合(熊本県)のプロジェクトでは、地域特産品の養殖ヒロメを活用した新商品・エコツアー開発を進め、企業投資も呼び込んでいます。
これら多様なアプローチにより、地域の創意工夫を活かしつつ、全国的な里海づくりのモデルを創出しています。
Jブルークレジットの実績:経済的価値の可視化
ブルーカーボンの多面的価値は、「Jブルークレジット」制度により定量化・可視化されています。
関西国際空港島の成功事例:護岸に緩傾斜石積護岸を採用することで、広い範囲に光が届く藻場環境を創造。2022年3月時点で54ヘクタールの藻場面積を保有し、大阪湾の藻場面積の約2割を占めます。2017~2021年度の5年間で103.2トンのJブルークレジットを認証・発行。企業のカーボンオフセットや社会的責任(ESG)投資に活用されています。
大阪湾の阪南セブンの海の森:一般財団法人セブン-イレブン記念財団が主導する海洋教育・環境再生プロジェクト。2006年からの地道な取組により、1ヘクタール以上のアマモ場が保全されています。2022年度には3.4トンのJブルークレジットを獲得。子どもたちの学習活動を通じた環境意識向上と、CO2削減効果の可視化により、次世代への環境教育も実現しています。
この制度は、単なるカーボンオフセットを超え、地域経営の活性化と企業の脱炭素投資を同時に推進するメカニズムとして機能しています。
国際パートナーシップとグローバル展開
日本は2023年8月、ブルーカーボン推進のための国際パートナーシップ(IPBC)に正式加盟しました。オーストラリアが中心となり運営し、現在18カ国の政府、13の非政府組織、17の研究機関、9の国際機関が参画しています。
2024年10月のIPBCダイアログでは、日本政府主催イベント「Blue carbon actions in Japan」を開催。政策、炭素クレジット、地域取組、モニタリング技術、サイエンスコミュニケーションなど、日本の経験を国際的に共有しました。各国参加者からは多大な関心が寄せられ、活発な質疑応答と連携可能性の議論が行われました。
また、COP28ジャパンパビリオンでのサイドイベント、日本産海藻を使った国際的な料理体験など、サイエンスコミュニケーションを重視した展開も特徴的です。日本が国際的にブルーカーボン分野のリーダーシップを確立しつつあることが伺えます。
今後の課題と展望:干潟・塩性湿地から沖合ブルーカーボンへ
現在、日本のインベントリ算定は主に海草・海藻藻場に限定されていますが、今後の拡大が計画されています。
干潟・塩性湿地の算定手法確立:マングローブは2023年提出インベントリで反映済みですが、干潟・塩性湿地については今後検討予定です。これらは多くの生物の食料場・成育場所として極めて重要です。
沖合ブルーカーボンの評価:海藻を生産・育成することで、温室効果ガスを吸収し深海に貯留・固定し、吸収量として算定・評価する取組の可能性を検討。大規模藻場造成・深海域への沈降技術開発が進行中です。
長期的な炭素固定量の精緻化:バイオマスデータの年次別変化対応、新規研究成果に基づく吸収係数の更新、衛星データ・ドローン計測を活用した面積推計精度の向上が予定されています。
これら施策が実現すれば、ブルーカーボンの吸収量はさらに拡大し、日本の脱炭素戦略における重要性が一層高まることが期待されています。
結論:海洋生態系が支える持続可能な社会へ
ブルーカーボンは、単なるCO2吸収対策ではなく、脱炭素(ネットゼロ)、生物多様性保全(ネイチャーポジティブ)、資源循環(サーキュラーエコノミー)の三つの目標を同時に実現する統合的戦略です。
日本が国際的にリードする海洋生態系CO2吸収量の算定技術と、地域実装モデルは、世界の沿岸域再生に貢献するポテンシャルを持っています。2030年▲46%、2050年ネットゼロという高い削減目標を実現するには、陸上の森林対策に加え、この海からの貢献が不可欠です。
関係省庁、地方自治体、民間企業、研究機関、NPO、漁業者、そして市民が連携し、科学的根拠に基づく藻場保全・再生と地域資源の利活用の好循環を構築することが、今後の脱炭素社会実現の鍵となるでしょう。
出典
環境省『ブルーカーボンの取組について』(https://www.env.go.jp/earth/ondanka/blue-carbon-jp/pdf/initiatives/01_bcinitiatives.pdf)
環境省『我が国のインベントリにおける藻場(海草・海藻)の算定方法について』(https://www.env.go.jp/earth/ondanka/blue-carbon-jp/pdf/initiatives/02_inventory.pdf)



