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地球温暖化対策が急務とされる中、注目を集めているのがカーボンニュートラル燃料です。カーボンニュートラル燃料は、燃焼時に排出されるCO2と同量のCO2を原料製造時に吸収することで、実質的な排出量をゼロにする革新的な燃料技術です。
エンジン車でも利用可能なカーボンニュートラル燃料は、主に合成燃料(e-fuel)を指します。これは二酸化炭素と水素を合成して作られる液体燃料で、既存のエンジンや燃料インフラをそのまま使用可能な利点があります。
本記事では、この次世代燃料とも呼ばれるカーボンニュートラル燃料の種類や活用事例についてわかりやすく解説します。
カーボンニュートラル燃料とは?
カーボンニュートラル燃料は、地球温暖化対策の切り札として注目されている次世代の燃料技術です。その本質は、燃料の製造から使用までの全過程で、大気中のCO2濃度に実質的な影響を与えない画期的な燃料です。
カーボンニュートラル燃料の種類
カーボンニュートラル燃料の基本的な仕組みは、その製造方法に大きく反映されています。主に2つの製造方法が存在し、それぞれ異なるアプローチを取っています。
1つ目の方法は、大気中のCO2を直接捕捉し、それを加工して燃料を生成する方法です。この過程では、大気中から回収したCO2を化学的に変換し、使用可能な燃料へと変えていきます。
2つ目の方法は、CO2を自然に吸収する植物などを原料として利用する方法です。この方法では、光合成によってCO2を吸収した植物を燃料の原料として使用することで、大気中のCO2を間接的に活用します。特に注目を集めているのが合成燃料(e-fuel)です。
合成燃料
合成燃料は、水素と二酸化炭素を主要な原料としており、その製造過程では再生可能エネルギーが使用されます。例えば、太陽光や風力発電で得られた電力を使って水を電気分解し、水素を生成しています。水素と大気中から回収したCO2を組み合わせることで、液体燃料を合成します。この方法により、化石燃料に依存せずに、環境負荷の低い燃料を製造することが可能となります。
水素
水素は、カーボンニュートラル燃料の中でも最も注目を集めている種類の一つです。その特徴として、燃焼時にCO2を排出せず、水のみを生成する点が挙げられます。
また、エネルギー密度がガソリンの約3倍と高く、長期保存が可能なため、様々な用途に適しています。水素は地球上に豊富に存在し、水の電気分解によって製造できるため、安定した供給源となります。特に再生可能エネルギーを用いて製造される「グリーン水素」は、製造過程でもCO2を排出しないため、カーボンニュートラルの実現に向けて重要な役割を果たすと期待されています。
バイオ燃料
バイオ燃料は、動植物由来の有機物を原料とするカーボンニュートラル燃料です。主な種類には、バイオエタノール、バイオディーゼル、バイオジェット燃料、バイオガスがあります。
その特徴に原料の植物が成長過程でCO2を吸収するため、燃焼時に排出されるCO2と相殺され、大気中のCO2総量を増加させないことがあります。また、廃棄物や使用済み食用油なども原料として活用でき、循環型社会の形成に寄与します。現在、自動車用燃料や航空機のジェット燃料として実用化が進んでおり、化石燃料の代替として温室効果ガス排出量の削減に貢献しています。
SAF
SAF(Sustainable Aviation Fuel)は、持続可能な航空燃料として注目を集めているカーボンニュートラル燃料の一種です。主に植物由来の廃食油、バイオマス、都市ごみ、廃プラスチックなどの再生可能資源や廃棄物から製造されます。SAFの最大の特徴は、従来のジェット燃料と比較してCO2排出量を約60〜80%削減できることです。
また、既存の航空機エンジンや燃料インフラをそのまま利用できるため、新たな設備投資を抑えつつ環境負荷を低減できます。さらに、SAFは国内で調達可能な原料を使用できるため、エネルギー安全保障の観点からも重要です。ただし、現時点では従来の化石燃料由来の航空燃料との混合が義務付けられており、単独での使用には制限があります。
e-fuel
e-fuel(イーフューエル)は、再生可能エネルギーを用いて製造される革新的なカーボンニュートラル燃料です。CO2と水素を主原料とし、空気中や工場から回収したCO2と、水の電気分解で得られた水素を合成して作られます。
e-fuelの最大の強みは、そのエネルギー密度の高さです。ガソリンや軽油と同等のエネルギーを蓄えることができるため、従来の内燃機関車と同等の走行距離を実現できます。これは、電気自動車のバッテリーが抱える航続距離の課題を解決する可能性を秘めています。
次に、既存のインフラをそのまま活用できる点が大きな利点です。現在使用されている給油所や自動車のエンジンをそのまま使用できるため、新たな設備投資を抑えられます。これにより、スムーズな低炭素社会への移行が期待できます。
さらに、e-fuelは製造から使用までの全過程でCO2排出量を実質ゼロにできる環境にやさしい燃料であることも特徴です。
また、e-fuelは常温常圧で液体のまま保存可能という利点があります。これにより、長期保存や輸送が容易になり、エネルギー供給の安定性向上にも貢献します。このように、e-fuelは環境性能と実用性を兼ね備えた次世代燃料として、今後の発展が大いに期待されています。特に長距離移動を必要とする商用車、トラック、航空機、船舶などでの活用が期待されており、2040年までの商用化を目指して技術開発が進められています。
カーボンニュートラル燃料の活用例とは
カーボンニュートラル燃料は、自動車や航空機、船舶など幅広い分野で活用されています。自動車用燃料としてバイオ燃料がガソリンスタンドで販売され、航空機ではSAFの実用化が進んでいます。また、e-fuelは既存のエンジンやインフラをそのまま使用できるため、様々な輸送機関での導入が期待されています。さらに、発電や暖房用燃料としても利用されています。以下でそれぞれ解説していきます。
合成燃料/e-fuelの活用事例
合成燃料/e-fuelの活用事例として、以下の先進的なプロジェクトが注目を集めています。
チリの「Haru Oniプロジェクト」は、ポルシェとシーメンスエナジーが中心となり、パタゴニア地域で大規模なe-fuel製造を進めています。再生可能エネルギーを利用して水素を生成し、CO2と反応させて合成燃料を製造します。2022年に13万リットルのe-fuelを生産し、2028年までに年間5.5億リットルの生産を目指しています。
スウェーデンの「FlagshipOne」は、エーンヒェルツビークで進行中のプロジェクトで、再生可能エネルギーを利用してメタノールを製造します。年間5.85万リットルの生産を予定しており、将来的にはさらなる拡大を目指しています。
デンマークの「Arcadia eFuels」は、ボアディングボーで進行中のプロジェクトで、SasolとTopsoeが協力しています。再生可能エネルギーを利用して水素を生成し、CO2と反応させて合成燃料を製造します。2026年に年間10万リットルのe-fuel生産を目指しています。これらのプロジェクトは、航空機燃料や自動車燃料として活用が期待されており、カーボンニュートラルな交通・輸送システムの実現に向けた重要な取り組みとなっています。
水素の活用事例
カーボンニュートラル燃料としての水素の活用事例は、様々な分野で見られます。以下に主な事例を紹介します。
自動車産業では、トヨタ自動車が神奈川県で風力発電で製造した水素を移動システムで搬送し、フォークリフトの燃料として使用しています。
航空産業では、航空機での水素活用が研究されており、水素と酸素の化学反応で電気を生成する水素燃料電池で、ファンを駆動を行っています。また、水素を直接エンジンで燃焼させる水素燃焼も研究されています。
産業用途では、エア・ウォーター(北海道)が家畜ふん尿から水素を製造し、ボンベを使用して施設に輸送していたり、トクヤマ(山口県)は苛性ソーダから回収した水素を液化輸送し、周辺の燃料電池に利用しています。また、昭和電工(神奈川県)は使用済みプラスチックから水素を製造し、商業施設の燃料として活用するなど様々な業種業態での活用されつつあります。
再生可能エネルギーとの連携事例には、東芝(北海道)が小水力発電で製造した水素を酪農施設や温水プールの燃料電池に利用しています。日立(宮城県)は、太陽光発電で製造した水素を一般家庭や店舗の燃料電池で利用しており、NTTデータ(秋田県)は風力発電で製造した水素をガスと混合し、市販のガス機器で使用しています。これらの事例は、水素がカーボンニュートラル実現に向けた重要な役割を果たす可能性を示しています。
バイオ燃料の活用事例
バイオ燃料の活用事例は、私たちの身近なところから航空業界まで、幅広い分野に及んでいます。自動車燃料としての活用では、地域レベルでの取り組みが進んでいます。
例えば、東近江市では廃食用油をバイオディーゼル燃料(BDF)に精製し、市内循環バスや地域イベントで活用しています。また、生活協同組合コープしがやダイフク滋賀工場でもBDFを環境への取り組みの一環として利用しています。
航空業界でも、バイオ燃料の活用が始まっています。2021年6月には、羽田・札幌間、羽田・伊丹間の国内線定期便で、木くずや微細藻類から製造された持続可能な代替航空燃料(SAF)が使用されました。
熱利用の分野でも、バイオ燃料の活用が進んでいます。石川県小松市の温浴施設では、重油ボイラーを木質バイオマスボイラーに転換。杉や檜などの未利用間伐材を燃料として使用し、1ヶ月平均15トンものCO2削減を実現しています。
その他にも、沖縄ではサトウキビの副産物からバイオエタノールを生産する事業が行われており、日揮グループは木質バイオマスからバイオジェット燃料を製造する技術開発を進めています。
SAFの活用事例
航空業界の脱炭素化に向けた取り組みが加速しています。その中心となっているのが、SAF(持続可能な航空燃料)の活用です。日本の主要航空会社から海外の航空会社まで、SAFの導入を積極的に進めています。
日本航空(JAL)と全日本空輸(ANA)は、SAFの活用で業界をリードしています。JALは2019年にサンフランシスコ発の運航便で初めてSAFを使用し、2021年には国内定期便で国産SAFを使用したフライトを実現しました。さらに、「10万着で飛ばそう!JALバイオジェット燃料フライト」プロジェクトでは、衣料品を原材料としたSAFをフライトに搭載するという革新的な取り組みも行っています。一方、ANAは2018年にサンフランシスコ発の運航便でSAFを初利用し、2020年には輸入SAFを使用した日本初の定期便を運航しました。両社とも、2030年までに全燃料搭載量の10%をSAFに置き換えるという野心的な目標を掲げています。
海外では、アメリカのユナイテッド航空が先駆的な取り組みを行っています。2016年に世界で初めてSAFを利用した定期運航便を就航させ、2021年12月には1基のエンジンで100%SAFを使用した旅客飛行を実現しました。さらに、2022年6月にはDimensional Energy社から20年間で3億ガロンのCO2由来SAFを購入する契約を締結し、長期的な取り組みを示しています。
SAFの開発と普及は航空会社だけでなく、様々な企業や組織が関わっています。例えば、ユーグレナ社は微細藻類ユーグレナを原料としたバイオ燃料「サステオ」の開発に成功し、SAFとしても使用されています。また、日本政府も積極的に関与しており、経済産業省は「航空分野におけるCO2削減取組に関する調査検討委員会燃料小委員会」を設立し、国産SAFの製造やサプライチェーンの確立などを検討しています。これらの事例は、SAFが航空業界のCO2排出量削減に大きく貢献し、カーボンニュートラル実現への重要な役割を果たしていることを示しています。今後、さらなる技術革新と普及が期待される分野といえるでしょう。
カーボンニュートラル燃料のメリット
カーボンニュートラル燃料には、環境保護とエネルギー効率の観点から、複数の重要なメリットがあります。
1つ目に使用時のCO2排出が大気中のCO2濃度に与える影響が極めて小さく、温室効果ガス削減に大きく貢献することがあります。
2つ目に石油と同等のエネルギー密度を持つため、既存のエンジンでそのまま使用可能です。これにより新たな設備投資を抑えつつ、高効率なエネルギー利用が可能となります。
3つ目に現行の燃料供給システムやエンジンをそのまま活用できるため、インフラ整備のコストを抑えられることがあります。
4つ目に国内で生産可能な原料を使用することで、エネルギーの輸入依存度を低減し、エネルギー自給率の向上に寄与することがあります。
5つ目に大気中のCO2や廃棄物など、多様な原料から製造可能であり、資源の有効活用と循環型社会の実現に貢献することがあります。
これらのメリットにより、カーボンニュートラル燃料は持続可能なエネルギー社会の実現に向けた重要な選択肢となっています。
カーボンニュートラル燃料のデメリット
カーボンニュートラル燃料の導入を検討されている企業は、デメリットについてもしっかりと理解しておく必要があります。ここでは、現時点で認識されているデメリットについて解説します。
最大の課題はコストです。製造技術がまだ発展途上であるため、従来の化石燃料と比較すると価格競争力に劣ります。特に大規模な導入を検討する際には、高コストになりやすく重要な検討事項になります。
次に、原料の安定確保の問題があります。特定のカーボンニュートラル燃料では、原料の安定的な調達が難しい場合があります。サプライチェーンの構築には十分な注意が必要です。また、実用化までに時間を要することも念頭に置く必要があります。技術開発や製造効率の向上には一定の期間が必要であり、即時の導入は困難な場合があります。現状の製造プロセスにおいては、エネルギー効率にも課題があります。この点は、今後の技術革新により改善が期待されますが、現時点での導入を検討する際には考慮すべき要素です。
最後に、一部の原料が食料需要と競合する可能性があります。これは、企業の社会的責任の観点からも重要な検討事項となります。これらの課題を十分に理解した上で、カーボンニュートラル燃料の導入を戦略的に検討することが、企業の持続可能な成長につながります。
まとめ
カーボンニュートラル燃料、特に合成燃料は、環境保護とエネルギー効率の両立を可能にする革新的な選択肢です。CO2排出削減、既存インフラの活用、エネルギー自給率向上など、多くのメリットがあります。
一方で、高コストや技術的課題も存在します。しかし、これらの課題解決に向けた取り組みが進んでおり、将来的には私たちの生活や産業に大きな変革をもたらす可能性があります。カーボンニュートラル社会の実現に向けて、合成燃料の発展と活用が期待されています。